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見どころ

ミイラは数が少ないことやその存在が特殊なこともあり、単なる好奇の対象というだけで、長らく学術的な関心が向けられることはありませんでした。しかし20世紀になり、世界各地でミイラの学術調査が行なわれ、その背景にある多様な文化が明らかになりつつあります。本展では、総数42体の世界各地のミイラとその背景にあるさまざまな文化や死生観、科学的に明らかになったミイラの実像、そしてミイラに関わる多くの人たちの活動を紹介しています。

第1章南北アメリカのミイラ

南北アメリカでは数多くのミイラが発見されている。例えば、現存する世界最古の自然にできたミイラ(自然ミイラ)はアメリカ合衆国・ネバダ州の洞窟から発見された「スピリット洞窟のミイラ」で、約1万年前のものと推定されている。ただ、最も重要なミイラは、南米大陸の太平洋沿岸地帯から中央高地にかけて存在していた古代アンデス文明のミイラである。 チリ北部海岸の砂漠に住んでいたチンチョーロ族が人工ミイラづくりを始めたのは約7000年前にさかのぼる。インカ帝国時代では、ミイラは社会的に重要な意味をもっていた。それを端的に示すものとして、ペルー北部の高地に位置するチャチャポヤス地方で発見されたミイラが有名である。この地方では、インカ帝国がこの地方を征服する以前から先祖の遺骨を布で包み、崖の岩棚に安置する風習があったが、インカ帝国の支配後に、ミイラのつくり方が変わったことがわかっている。 古代アンデス文明では文字が残っていないため、ミイラの背景にある思想的・宗教的背景ははっきりとわかっていない。しかし、「遺体を保存し、生きているように訪問して敬う」という先祖崇拝の一つの在り方として理解することができる。

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    チャチャポヤのミイラ・ジャングルのミイラ

    完全な状態で発見された数少ないミイラ包みのひとつ。彩色で模様が描かれた布はミイラ包みコレクションのなかでも珍しく、熱帯雨林地方の文化との関連性が考えられている。
    ペルー文化省・レイメバンバ博物館所蔵 MUSEO LEYMEBAMBA ©義井豊

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    下腿部を交差させた女性のミイラ

    20-40歳の女性ミイラ。副葬品からペルー中央海岸のチャンカイ文化に属することがうかがえる。CTスキャンによる分析では、手の中に人間の乳歯が2つ存在することが明らかになった。
    ライス・エンゲルホルン博物館所蔵 REISS-ENGELHORN-MUSEEN, MANNHEIM

第2章古代エジプトのミイラ

ミイラ文化といえば、古代エジプトが有名である。ただ、ミイラづくりの手法は最初から確立されていたわけではなく、長い年月をかけて進化してきた。
古代エジプトが統一される以前の先王朝時代には、砂漠に遺体を屈曲させた状態で、布で包んで埋葬する風習があった。砂漠に埋葬された死体は急速に乾燥するため、条件がよければミイラとなった。ピラミッドや太陽神殿が建設された古王国時代に、内臓を摘出するという画期的なミイラづくりの技術が開発され、樹脂を浸したリネン布で遺体の全身を覆い、頭部に生前の顔を模したマスク(ミイラマスク)を被せることも行なわれるようになった。新王国時代になると、保存状態がかなり良いミイラが多く発見されており、この時期にミイラづくりの技術が確立されたと考えられている。その後、古代エジプトがギリシャ人やローマ人の支配を受けた、グレコ・ローマン時代には、ミイラづくりの技術は大きく変化し、ミイラの仕上がりよりも表面の装飾の方に力が注がれるようになった。
ヒエログリフという文字のおかげで、古代エジプトの歴史や思想が解明されている。ミイラづくりや彼らの死生観に関しては、『死者の書』が有名である。それによると、古代エジプト人にとってミイラとなることは、来世で幸福に生きるために必要不可欠なものと考えられていた。
古代エジプト人はさまざまな種類の動物のミイラもつくっていた。イヌ、ネコ、ヒツジ、魚などの動物ミイラは、家族として一緒に埋葬されたり、神々への捧げものであったり、人間のミイラの食べ物とされたり、さまざまな意図でつくられていた。

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    猫のミイラ

    エジプトの神々は動物と関連づけられており、ネコは愛の女神バステトの化身である。ネコは縦長に包んで紐でしばられており、口と耳はリネンを用いて付け足されている。
    レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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    ペンジュの棺

    ペンジュの棺は、この種の棺の中では最も美しく、また最も保存状態の良いものである。胸のあたりに描かれた絵のうち、下側は「死者の審判」を表している。
    レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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    若い男性のミイラ

    精巧なミイラづくりの技術が施されており、内臓は摘出されている。また、骨密度から、この男性は死亡時には30歳前後だったと思われる。
    ミュンスター大学附属考古学博物館所蔵 ARCHÄOLOGISCHE MUSEUM DER WESTFÄLISCHEN WILHELMS-UNIVERSITÄT MÜNSTER

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    グレコ・ローマン時代の子どものミイラ

    リネン包帯を何層にも巻き付けられた子どものミイラ。CTスキャンを使用した調査の結果、腕の部分に大人の骨を入れるという特殊な処置が施されていることがわかった。
    レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

第3章ヨーロッパのミイラ

ヨーロッパ各地でも多数のミイラが発見されているが、その多くは自然ミイラに分類される。ヨーロッパのさまざまな自然環境を反映してか、ミイラとなった原因も多様である。
そのなかでも、北ヨーロッパに点在する湿地では、驚くべき保存状態を示すミイラが発見されている。これらは湿地遺体(ボッグマン)とよばれている。
ウェーリンゲメン(Weerdinge Couple)は1904年に発見された2体の湿地遺体で、紀元前40年から紀元後50年前と推定されている。これらの湿地遺体には殺傷痕や絞殺痕が見られることが多く、遺体の上に交差した木の枝や石が置かれる場合もある。そのため、湿地遺体は「生贄として捧げられた」、または「犯罪者として処刑された」と考えられている。
また、ヨーロッパのミイラで興味深いものがカナリア諸島のミイラである。カナリア諸島の先住民であるグアンチェ族の有力者が亡くなると、遺体表面に泥や樹脂などが塗られ、遺体は石板の上に置かれて、昼は日光にさらされ、夜は煙でいぶして乾燥させられた。古くは約1600年前から行なわれ、スペインの統治が始まった約500年前にもつくられていた。彼らのミイラは祖先崇拝の一種としてつくられたと考えられており、カナリア諸島で独自に発達したミイラ文化と考えられている。

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    ウェーリンゲメン

    1904年、オランダで発見された2体の湿地遺体。当初大きい方が男性で小さい方が女性と推定されたが、後に小さい方も男性と判明。残念なことにDNAの保存状態が悪いため2人がなぜ一緒に埋葬されたのかは不明である。
    ドレンテ博物館所蔵 DRENTS MUSEUM, ASSEN, THE NETHERLANDS

    音声サンプル
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    彩色が施されたアンナの頭骨

    ヨーロッパでは、人間の遺骨が納骨堂や納骨容器に保存されることがあり、死者の頭骨に絵を施されることもあった。この頭骨は若い女性のものである。
    ゲッティンゲン大学人類学コレクション所蔵 UNIVERSITY OF GÖTTINGEN, ANTHROPOLOGICAL COLLECTION

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    カナリア諸島のミイラ

    テネリフェ島に住むグアンチェ族は高貴な人の遺体をミイラ化していた。この女性のミイラでは、内臓は取り除かれず、おそらく身体は儀式的に清められ、表面に様々な物質が塗布されていた。遺体の乾燥も人工的な痕跡は認められない。その後、ミイラはヤギの皮で作られたマットに包まれていた。
    ゲッティンゲン大学人類学コレクション所蔵 UNIVERSITY OF GÖTTINGEN, ANTHROPOLOGICAL COLLECTION

第4章オセアニアと東アジアのミイラ

オセアニアは太平洋に位置する大陸・島々の総称で、その大部分が熱帯に属し、湿度や温度は概して非常に高い。また、東アジアも、一部の乾燥帯を除き、高温多湿である。したがって、これらの地域はミイラの保存にとって適した環境であるとは言い難い。
オセアニアには複数のミイラ文化が存在していたが、20世紀になるとミイラづくりが行なわれなくなり、また現存するミイラも少ないため、その実状はよくわかっていない。 中国でも自然ミイラは多数発見されているが、「生前の姿を残す」ことを目的とした文化はほとんど存在しない。
日本の気候は高温多湿であり、土壌も酸性が強いため、人骨まで溶けてしまう場合が多い。それにも関わらず、これまでに江戸時代の遺跡からは、自然ミイラが数体発見されている。また、日本には仏教思想に基づき即身成仏を切望した行者(ぎょうじゃ)または僧侶のミイラのことを「即身仏」として崇拝の対象とする考えがあり、現在でも大切に保存されている。

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    祖霊像

    セピック川流域に住むイアトムル族には次のような神話がある。「海の中心にはワニがいて、ワニの糞から土地が、ワニの体から人が生まれた。しかし、成長した人は親であるワニを殺してしまった。人は親殺しの罪に泣きぬれ、その鼻は垂れ下がって、涙はセピック川になった」。この像は人の祖霊を示している。
    個人蔵

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    肖像頭蓋骨

    「肖像頭蓋骨」は、亡くなった本人の頭骨を基にして、粘土や樹脂などで肉付けを行い、生前の顔つきが再現されている。顔の模様は生前の入れ墨や祭りの際にしていたペインティングが再現されており、まったく同じ模様の「肖像頭蓋骨」は存在しない。
    レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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    本草学者のミイラ

    現在確認されているうち、学問的な探究心で自らミイラとなった唯一の日本人のミイラ。CTスキャンによる調査の結果、亡くなる直前に「柿の種子」を大量に摂取していたことが分かった。
    国立科学博物館所蔵

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    即身仏「弘智法印 宥貞(こうちほういん ゆうてい)」

    真言宗で修業を積んだ高僧の即身仏「弘智法印 宥貞」。現在は福島県石川郡浅川町の貫秀寺に安置されている。「薬師如来十二大願(薬師如来が悟りを開く前に人々の病気を治し、命を長らえるための誓い)」を説法し、入定された。
    小貫即身仏保存会所蔵